ノーラ・エフロンの「首のたるみが気になるの」を読みました。 朝イチで紹介されていて、タイトルがとても気になったので。
親業たるもの
この章では子育てを幼児期、思春期、巣立ち後に、それぞれ親はどう関わるべきかのアドバイスが、ややシニカルに書いてあり、これから起こるである事象が読めて面白いです。
中でも「親業」という言葉が、女性解放運動と共に生まれたという説は興味深い。
“女性解放運動のせいである。今や多くの女性たちが社会に進出したのだから、男女が協力して子育てをするのは当然の成り行きだ、というのが彼らの基本的見解である。こうして、男も女も使うことのできる「親業」という言葉と、質より量の果てしない時間の集合体であるはずの子育てが、それ以上のものに高められる必要が生まれたとういうわけだ。”
知ってりゃよかった
短い文章でノーラの教えが羅列してあるこの章が大好きです。
いくつか私のお気に入りを。
“三十五歳で自分の体の嫌いだったところは、四十五歳に懐かしくなる。
靴屋で合わない靴が、そのうち合うようになる、なんてことは決してない。
世界最高のベビーシッターの賞味期限は2年半。
子どもが十代になったら犬を飼うことが大事。そうすればウチのなかの誰かは一人はあなたの顔を見て喜んでくれる。
秘密は必ずばれる。”
などなど。
実に深い。
さようならを言う前に
60歳を過ぎると友人の死や病気が身近になり、嫌でも己の人生を振り返ることになるらしい。
今まで全てのことに意欲的で、努力でコントロールしてきた彼女が、コントロールできない「死」をどう受け入れるべきかが書かれている。
この混沌とジタバタした感じにリアリティがある。そして「友人の死」という重いテーマの話をしているのに、突然「雨が降りそうだ、バスタオルを買っておかなきゃ。」と普段の生活のことを思い出すとことも。死は私達の普段の生活と混在しているのだ。
人生はネタ
ノーラのお母さんの口癖は「すべてはネタなのよ。」だった。
“バナナの皮で滑って転んだら人に笑われる。でもバナナの皮に滑って転んだと人に話したら、それは自分の笑い話になる。”
という様にこの本には、ノーラの文章を書くことに対する思いが随所に散りばめられている。
毎日ブログのネタを探す私にとって、以外とこの言葉は響きました。
そして毎週末に自学帳という自分が興味を持ったことをまとめるという宿題が出る娘が「もうネタ切れ。」と言っていたので、早速「人生のすべてはネタになるのよ。」と一説ぶちまけてしまいましたw。
今日の字手紙
【首のたるみが気になるの】FEEL BAD ABOUT Neck
英語の原題にはたるみなんて言葉は入ってないんですね。
翻訳は阿川佐和子さんですが、この上手い翻訳技術が、本編の微妙な表現を上手に伝えてくれているのかもしれませんね。
コメント